2011年11月22日火曜日

Mozart: Don Giovanni (MET Live in HD, Oct. 29. 2011)

話題騒然だったMET Live in HD のドン・ジョヴァンニを見てきた。
いろいろなことが起こったので、ついつい初日以降、劇評など読んでいたために、この3週間がひどく長く感じられてしまった。
新宿ピカデリーでは一番大きい1番スクリーンでの上映。1番スクリーンは音響も一番いいので期待できます。580席。
週末なのでぎっしり埋まっている感じでした 。

今回のドン・ジョヴァンニには(私的)見どころが何点かあって、それは
1、マリウシュ・クヴィエーチェンはちゃんと動けているか(手術から2週間なので身体が心配)
2、つまらないといわれている演出は実際どう感じられるのか
3、ドン・ジョバンニとレポレッロの関係を、この演出ではどのように見せているか

(まあ、他にも、
・クヴィエーチェンのかつらは変じゃないか
・今回ジョヴァンニよりレポレッロのほうがずっと背が高いという現実の前に、きちんとクヴィエーチェンは風格を出せているか、
・ドンナ・エルヴィーラをだますシーンで、この明らかな身長差をどうやって処理しているか
など、もろもろ細かいチェックポイントもあったのだが、それはおいおい)

オペラファン歴の短い私としては非常に珍しいことだが、ルカ・ピザローニのレポレッロは、以前、見たことがある。

ワールドクラシック@シネマ2011で2010年7月のグラインドボーン音楽祭のドン・ジョヴァンニを見たのだ。(2011年8月)
ワールドクラシック@シネマ2011 ドン・ジョヴァンニ

このときはジョヴァンニがジェラルド・フィンリー(奇しくも、今回のMETの後半のキャストのジョヴァンニでもある。ただし後半はレポレッロもジョン・レリエに交代)だった。

演出は現代風で、レポレッロはポラロイドカメラを首からかけて、女の子たちの写真を撮ってカタログに入れてました(となるとカタログというよりアルバムだな。 便利でいいなーと思いました。首からカメラ下げてるピザローニを見て、なぜか「ローマの休日」の新聞記者を思い出した)。

 で、その時の感想メモが残ってるんだけど

映画館で「ドン・ジョバンニ」よかった。笑いどころの多い演出、割とリアルな血糊と現代衣装でとっつきやすい仕上がり。しかしおいしいところはレポレッロ が持って行ったなぁ。ルカ・ピザローニさん。覚えておこう。ジェラルド・フィンリーは悪くないけど、ジョバンニっていう役は複雑すぎるなぁと思う

というあっさりしたもの。(これを読むと、この頃、私は「ドン・ジョヴァンニ」に興味なかったということがよくわかる)。全然感激してない書き方だ。まあ、ぶっちゃけてしまえば、ジェラルド・フィンリーのジョヴァンニが全然良くなかったんですね(今思えば)
なんか機嫌悪い感じで、こんなんで1800人もの女の人がなびくのかな?そうは思えないけどなあ(しかも隣にいるレポレッロのほうが、若いしかっこいいし優しそうで楽しそうにしているし)と思った覚えがある。しかもレポレッロといまいちかみ合ってない?なんかフィンリーにとりつくしまがなくて、という印象が強かった。

なのでこのときはピザローニの一人勝ちだったのですよ。私のなかでは。

だから、今回のMETのキャストを最初聞いたときはちょっとびびりました。
これはまさか、演技派で鳴らしたクヴィエーチェンが食われてしまうこともありうる?と思ったのです。演技のみならず、ピサローニがとても長身でイタリア人でわかりやすいハンサム、というのも、ちょっとした懸案事項だったわけです。
(少し調べてその心配はすぐ払拭されました。二人はジョヴァンニとマゼットで共演したこともあるし、伯爵とフィガロでの共演もあったから(もちろん「フィガロの結婚」の方ね。いくらハイバリトンでも、ロッシーニテノールの伯爵にはなれませんから)
というより、本来、ピザローニのレポレッロはかなり控えめなようです。レポレッロをやるときは、もちろんジョヴァンニの役に合わせるところからはじめます、とインターミッションのインタビューでも言っていましたし。だからよほど私がフィンリーのジョヴァンニと合わなかったんだろうと思う。フィンリーいい人だと思うんですけどね。別の役で見てみたいです)

クヴィエーチェンのジョヴァンニはたしかにノーブルですね。高貴で華やかで動きが機敏で頭の回転が速くてゲーム好きな感じ。余裕があるというよりはスピーディ。ちょっと躁的な気もします。なんだってお茶の子さいさいでできるけど、なんだってうまくいってしまうことが不満、という素振りを感じます。(でも実際は、オペラの中ではすべての企みは失敗しているのだけど)

クヴィエーチェンの声はすごく不思議で、CDに録音された歌声を聞くと無理に深い声を出そうとしているように聞こえてしまうのですが、オペラの映像の中で聞くと、心地よい軽い声に聞こえるんですよね。私には。なんでだろう?これはすごく不思議なことです。私としては、オペラの中で響く彼の声を魅力的に感じます。セレナーデとか、本当に綺麗でした。声の調子が悪くなくて安心しました。

ピザローニの歌もすごくいいです。聞いていて楽しくなるレポレッロらしさがよく出ている歌い方だと思います。あとレチタティーヴォ。ネイティヴのイタリア人なのもあり、レチタティーヴォが綺麗で表情豊かな歌声でした。

バーバラ・フリットリはいつも美しい声でうっとりしますが今回も綺麗でした。

(あとはあまり印象に残らなかった。ツェルリーナってなんで毎回、キンキン声のソプラノがキャストされるんですかね?そういう役作りなのか?音域の問題か?)

まずオープニングから。ゲネプロではテラスでもみあってたジョヴァンニとドンナアンナですが、地面で争っています(クヴィエーチェンに梯子を登らせないためだと思う。)この変更はそんなに違和感なく進みました。クヴィエーチェンもちゃんと争ってます。騎士長と戦うシーンも、ちょっと手加減しているけれど、そこまで間延びした演技じゃない。まず、ひとつめの心配はクリアのようです。

演出ですが、たしかに舞台装置はあまりよくはないかもしれない。
アパートのバルコニーみたいなのがたくさん並んでいる壁が立っていて、適宜、その壁が真ん中から分かれ、左右に開く仕組みです。なんというか、圧迫感があるし、床の面積があまりないし、奥行もないのがちょっと視覚的にはあまり面白くないかも。
しかし(これはMETのライブビューイングではよくあることですが)ライブビューイングのカメラはかなりアップで歌手を映すので、実際にオペラハウスの観客席からの舞台を見るのに比べ、舞台装置の粗が気にならない傾向が強いです。なので今回も、あまりいい舞台装置じゃないだろうけど映像で見る分には気にならない、というのが私の素直な感想です。

ちなみにレポレッロが替え玉になってエルヴィーラを騙すとき、ピザローニは身長差をごまかすため、主にフリットリの身体に抱きついて、彼女が立ってられないようにしてました。タックルするみたいに。もしふつうに並んで立ったら、(フリットリとクヴィエーチェンはほぼ同じくらいの身長なのに対し)ピサローニは頭一つ分、差があってバレバレなので、こういうところは工夫してますね。

 ジョヴァンニとレポレッロの関係について、このプロダクションはかなり力を入れている、というのが事前から語られていました。例えばアンナ・ボレーナのインターミッションでのインタビューでは



司会のルネ・フレミングに
「今回のプロダクションにはこれまでのドンジョヴァンニとは違う、新しいアプローチがありますね。あなたとマリウシュは演出のマイケル・グランデージとともにどのようにして役にアチーブしたの?」と聞かれたピザローニが
「まず、わたしたちはドンジョヴァンニとレポレッロの関係がこのオペラの鍵になる要素だという事実に同意しました。ですから、関係性を築き上げることに長い時間をかけました。特に私の役にとってそれは重要なことでした。・・・彼らはまるで結婚しているカップルのように、愛憎半ばする関係なのです。」
というふうに回答しています

ここまで言っておいてそれが舞台に反映していなかったらちょっと悲しいので、どのくらいそれが見えるのかに関心がありました。

まず(劇評でもかなり指摘されてましたが)レポレッロが召使いというにはあまりにもノーブル(笑)
まあ、それはピサローニの外見と、やや控えめな演技から、仕方のないことではあります。
私個人として、粗野なレポレッロよりこういうレポレッロのほうが表現としては好きです。
むしろそれをよく利用して、今回の2人は劇中ではドン・ジョヴァンニと召使いというより、ドン・ジョヴァンニとその見習いみたいのように見えました(実際、近い将来、確実にジョヴァンニをやるであろうピザローニ自身は、まぎれもなくジョヴァンニ見習いともいえます)

今回、ジョヴァンニが一番嬉しそうだったのは、またカタログの人数が増えるぞ!とレポレッロに言うシーン(ちなみにこのときのレポレッロもすっごく嬉しそう)
このふたりのカタログにかける意気込みを見ていると、女の人と関係を持つより何より、ふたりでカタログ作ってるのが楽しいんだろうな、と思わせる仕上がりです
(なので今回は女性キャラクターたちは置いてかれてる感が強いかもしれません)

 この解釈自体はそこまで新しいものとは思いませんが、こうして意図した、ジョヴァンニとレポレッロの関係に焦点をあてた演技を作り上げ、その演出をきちんと舞台上で表現できていることは評価に値すると思います。

そして、なにより特筆するべきは、今回のドン・ジョヴァンニは、キャスト全体の一体感がとても高く感じられたことだと思います。
今回の演出家のマイケル・グランデージは装置のディレクションでは、あまり高い評価を受けられそうもないけれど、歌手に対して舞台上でキャスト全体に一体感を持った演技をさせることに成功している点は、評価されるべきだと思います。

舞台上の一体感が良く、たくさん笑える、すごく面白いドン・ジョヴァンニでした。
私としては、見る価値は確実にあると思いますので 、もし迷っている方は、ぜひ、映画館へお運びください。

私ももう一回見たいけど、もう今週は行く時間がないからなぁ。

あ、そうそう、クヴィエーチェンのかつらはかっこわるくなかったです。
良い出来で安心しました。



Mozart: Don Giovanni

 (MET Live in HD, Oct. 29. 2011) 

New production
Don Giovanni
Mariusz Kwiecien
Leporello
Luca Pisaroni 
Donna Anna
Marina Rebeka
Donna Elvira
Barbara Frittoli
Don Ottavio
Ramón Vargas
Zerlina
Mojca Erdmann
Masetto
Joshua Bloom 
Commendatore
Conductor:
Director:
Set Designs:
Costumes:
Lighting:
Stefan Kocan 
Fabio Luisi 
Michael Grandage
Christopher Oram
Christopher Oram
Paule Constable

0 件のコメント:

コメントを投稿